また私? うん。このとこ迷走してるから、ちょっと話を聞いてもらおうと思って。

おしゃべり おしゃべり

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また私?

うん。このとこ迷走してるから、ちょっと話を聞いてもらおうと思って。

そういえば、大学院に進学できたんだってね。おめでとう。

半年も前のことだけどありがとう、でも、

でもって言葉君、好きよね。なんで素直に人の言葉を受け取れないのかな?よくそれで生きてられるね。もう少し人の言葉に素直になりなよ。

いきなり説教?いや、大学院に入った時も今のことも実感がわかないんだもん。

それでもよ。言葉の端っから反論してたらモテないぞ!

モテなくてもいいもん。

可哀想な奴。

ごめん、僕が悪かったって。そうなんだよ、進学したんだよ!ありがとう。

よろしい。それで話って、大学に関することなの?

わかんない。

は?

わかんないんだよ。なにが問題なのかも。

そんなこと言われても困るだけなんですけど。もっと恋話とかしない?

無理難題を。君は僕のはずなのに、なんでそんなメチャクチャなの?

知らない。

今日、冷たいよね。なにかあったの?

君に話しかけられてるからじゃない?

ごめんって。ほんとに何か気に障ったなら謝るから。

その態度。

どういうこと?

じゃあ言うけど、その態度が鬱陶しい。

ごめん。

君はいくら謝っても変わらない。君は謝ることを免罪符かなにかのように考えてるみたいだけど、実際に不快感がなくなることはないよ。君がその卑屈で悲観的な視点を捨てないかぎりね。はっきり言って、君は面倒くさい。モテないってのは冗談だけど、わりと本質的かもね。

わかった。わかったよ。

今のは私も少し言い過ぎたかもしれないけど、君にはそういうところが少なからずあるということは忘れないでね。

うん。

それで話すことってなんだっけ?

忘れちゃった。怒られたから。

そんな深刻になんないでよ!大丈夫だって!

貶してからの慰めありがとう。

だって本気で傷ついてそうなんだもん。で、なにに悩んでるだって?私の胸に飛び込んでおいで!

えっと、

いまエッチなこと考えたでしょ?

考えてないよ。

君、まだ類人猿なんじゃない?もしくはボノボの亜種とか?少なくともホモ・サピエンス・サピエンスではないな。さては地底人か。

ありがと。

なにについて?

バカにしてくれて。バカにしてもらえるってけっこう大切だと思うんだ。

大丈夫?実は院って病院?また精神科送り?

いや、ちゃんと大学院だよ。

もっとシャンとしなよ!大丈夫だよ。なにに悩んでるか知らないけど!君は比較を絶して孤独だ、だから悩みを誰かと共有できない。それでいいんじゃない?

なんか急に来たね。

そう?こんな言い方は君が好きそうだと思ってね。

そりゃどうも。

で、なにさ?

えっとね、僕なんかでいいのかなって思うことが多くて。

というと?

例えば大学にしても、会社にしても僕なんかでいいのかなって?もしくは、ほんとに相応しいのかなって?

君もかなりバカだね。

失礼な。

なら逆に聞くけど、話をする相手が私なんかでいいの?もっと可愛くて素直な女の子はゴマンといるよ?

うーん。たぶんこの話をできるのは君しかいない。

もっと私の上位互換みたいな人がいるかもよ?

そうかもしれない。けど、僕にとって君はそれこそ比較を絶してる。君と誰かを比べることができない。

そうね、君の頭のなかの女性と現実の女性を比べられるようになったらかなりやばいもん。

もちろんそうなんだけど、これは誰にでも当てはめられることだと思う。

たとえば?

たとえば純粋に君より英語ができる人がいるとして、でもその人に自分の心のうちを話すかどうかは別ってこと。君より数学や理科ができる人がいても、その人と仲良くできるかどうかはまた別の話ってこと。

私も君に同じ答えを返すんじゃないかな?

つまり、互換性というのは想定でしかないってこと?

そうだね。君がなぜ君なのか迷う気持ちはわかる。けどその時に仮定されている君以外の誰かは、君以外の誰かでしかないってこと。

意味がわからない。

世界についてどう思う?

話が見えないんだけど。

世界についてどう思う?

うー。世界は広い?

そう。世界は広い、だとしてその広さはどこに起因するんだろう?

地球の面積?

君、教科書みたいなやつね。君は地球の表面積を知ってるの?

いや、知らないけど広いじゃん。

そうだね。でも私が言いたいのはそういう広さじゃないな。もっと、そうだな視界、とか地平線かな。

視界?

うん。視界は君が動けば動くほど新たに現れる。それは昔からあった風景かもしれないけど、君にとっては特別なもの。

そうだね。

世界もたえずそのように広いんじゃないかな。

「たえず広い」ってなんかすごいね。宇宙の膨張みたいだ。

広さっていうのは絶えず広がっていくことだと思うな。それでさっきの話に戻ると、君以外の誰かっていうのも同じようなものなんじゃない?

まだわかんない。

君以外の誰かは、君がその誰かにそっくりになったとしても君以外の誰かであり続ける。

僕の前後左右みたいに、僕が動けば僕以外の誰かも動くってこと?

そうそう。君が想定すれば絶えずそれをすり抜けていくような、磁石の同じ極同士がたえず排斥しあうような関係。君が「なぜ君か」を考えることで生じるのはまさにそういう問題じゃないかな。

なぜ僕なのかという問いは僕が問う限り、僕らから絶えず逃れ去ってしまうということ?

私は少なくともそう思う。

じゃあ、もしそうだとして、僕はどうしたらいいのかな。自殺を考えるくらいには、ほんとうに悩んでいるんだ。僕である必要なんてどこにもないのが辛いんだ。

「自殺を考えるくらい」というのは大して深刻でないように私には思えるけど、君が君である必然性について悩むのは共感できる。君である必然性なんて無いのは薄っすらと気がついているのに、それを追い続けるのは体力を消耗することだからね。

そうかもしれない。僕は僕である必然性の無さをとっくに知っている。

なら提案なんだけど、君が君である必然性から逃げてみたらどう?徹底的に逃げてみるの。とにかく君でなくてもできることを毎日してみる。朝早く起きるとか、フランス語を勉強するとか。

そう言われると、なんだか難しいね。「僕」が早起きするのは僕にしかできないことのような気がする。当然なんだけど。

私もそう思う。この今、私たちがしているのに似たようなお喋りはきっと世界中に溢れていて、より文学的だったり思想的価値があるやりとりがあると思うわ。けど今ここで交わされているのは、過去の君にも未来の君にも、昨日の私にも明日の私にもできないことだから。

平凡であることを受け入れよ。

そうね。それは君にとって受け入れがたいことかもしれないけど、その平凡さの中に君を見出す作業、それはとても地味で苦痛を伴うことだと思うけど、そのほうが君自身にとってもいいことだと思うわ。

自分探しの旅だね。

そうね。笑えるわ。

そうだね。笑える。