気持ち悪くなったのだ。ここまでならば、そう珍しいことでもない。
だが今回は特に酷かった。カクテルというものを初めて飲んだので、胃の中はチャンポン状態であり、バスを待つ間に二度も嘔吐した。
バスに乗ると、運転手の人がさっと駆け寄ってきてビニール袋を渡してくれた。これ幸いと、バスのなかでも吐き続けていた。
最寄り駅についても嘔吐は止まらず、胃は喜び勇んで内容物を外へと押し出した。
そこから家まで一分もかからないのだから、すぐに帰ればよかったのだが、軽い急性アルコール中毒を催したようで全身の筋肉が痙攣して身動きがとれなくなっていた。
深夜2時、これが永遠に続くかとさえ思われる瞬間。
そこへひとりの少年がやってくる。
冷汗三斗、全身痙攣、呼吸困難であったから、恥や外聞など知ったことではなかった。僕は彼に飲み物を頼んだ。
彼は快諾し、すぐそこの自販機でミネラルウォーターをふたつ買ってきてくれた。僕がその間に必死の思いで財布から取り出したのは200円であったから、それでは足りなかったがともかくも受け取ってくれと頼んだ。
しかし彼は拒否した。
押し問答をする余裕さえなく、僕は「ありがとう」と水に口をつけた。
一息つくと彼は話しかけてきた。
「よく吐くんですか?」
「あまり吐かない。こんなになったのは初めて。」
「それじゃあ苦しいでしょう。俺も若い頃はよく吐いてました。でも大丈夫ですよ。救急車を呼ぶほどはひどくない。」
どれほどに勇気づけられたことか。僕は彼に心を許しつつあった。
冷たいコンクリートと沈黙が心地よく、ただ嘔吐だけが続いていた。
「ティッシュを買ってきますよ、少し待っていて」と言うが早いか、キッチンペーパーを買ってきてくれた。僕は金を出そうとしたが、彼は断固として受け取らなかった。
コンクリートの上に粘ついた吐瀉物と、受け取られなかった200円だけが光っていた。
「このへんの人か?」と彼は自分の出身中学の名を挙げて聞く。
僕と同じ中学だった。
そう答えると、歳はいくつだ?と容赦ない。
25。息は苦しいし、嘔吐は止めどないので、名詞でこたえる。
彼は18だった。中卒で建設業をしているという。「俺は不良なんだ」といった。
見れば(このときはじめて顔をあげられたのだ)まだ顔立ちは幼く、着やすそうなTシャツと、スポーツパンツ、サンダル履きの、日によく焼けた少年が街灯に照らしだされていた。
明日の仕事は休みなのかと彼は聞いた。
とうぜんの疑問だった。平日の深夜に吐いていたら、それが気になる。
「休みだ」
嘘をついた。浪人生であると答えるにはあまりにも苦しかった。
そうか。それならいい。明日は、もう今日だけど、夕方まで寝られる。と自分のことのように語ってから「俺も明日は休みなんだ」と付け加えた。
そういってくれることが、ただただ嬉しかった。
大学は出たのか?と彼は質問し「俺は中卒で、ばかだから」とつぶやく。
こんどはいっぺんに悲しくなった。
深夜に一人で吐き続ける不甲斐ない年上に優しく声をかけてくれ、軽蔑もせず、水とキッチンペーパーを恵んでくれる人間に、学歴などなんの意味があるのだ。
君は間違っている。いや、世界が間違っている。
学歴で人を評価するなど外道の所業だ。彼らはゲヘナの炎に一万回焼かれても許されはしまい。
たしかに君が言葉をかけたのは、名もなく無為な人生を送る、君よりもよほど馬鹿な人間だ。だがもし僕が国王であれば、君は富と名誉と地位を得たはずの行為だった。
「自らを悔いるのは叱咤されたときではなく、わずかでも尊重されたときだ」と思い知った。
少し余裕ができたのかそれとも興奮したのか、今度は僕が「趣味は?」と聞いていた。吐瀉物はついに甘く、なまぐさい血臭のするものに変わっていたが、彼への興味がまさっていた。
熱帯魚を飼うことだと教えてくれた。彼は「何時間でも見ていられる」と言い、まるで宝箱のありかのように、なんとかという名前を、わからないと答えると別の名前を教えてくれたが、まったく記憶に残らなかった。
それから大学のこと、両親のこと、友人のことについて断片的に語り合った。僕は頷いたり、首を振ったり傾げたりするのが精一杯だったが、それでも語りは続いた。
最後に彼はこういった。
「でもよかったじゃないですか。こういうことを学べて。世の中には悪いことをしないとわかんないこともあるんですよ。」
僕は答えた。
「それだけじゃないよ。こんなに優しい人がいるんだってことを知れた。」
かなりキザだったかもしれないが、人の想いやり、寛容さ、優しさを体感したのだったから決して、大げさな言い方ではなかった。
僕は立ち上がり、彼と別れ家に帰った。
それからも嘔吐は続き、日が登り切るまで苦しんだ。だが同時に、世界の優しさの片鱗をのぞいたようで心は暖かった。
すこしまどろんでから、ふと財布が気になった。
ここまで書いておいてひどい考えかもしれないが、無償の贈与を心の奥底から信じられるほど僕もできていない。
リュックを見ると、ファスナーがだらしなく開き嫌な予感がした。すぐさまひっくり返すと財布だけがなくなっていた。
目の前が真っ白になる。
200円などいらないわけだ。ただで人が物をくれることもないのだ。
いやそんなわけない。
あの体験は純粋な贈与であったのだと信じたい。そんな頑迷な思いが合理的思考に必死に対抗していた。それでもこの非合理的な仮定の方が明らかに分が悪かったのは言うまでもなかった。
確かめる方法はただひとつ。嘔吐の現場へ行くことだ。
走った。朝6時。万が一落としていたとしても、誰かが拾っていておかしくない時間。
血の混ざった吐瀉物が日差しを浴びて、どす黒く光っていた。
あった。
そう。財布は何事もなかったかのようにそこにあった。
「不良にはけっこういいやつが多いんですよ。」
彼はたしかにそう言っていた。
人の優しさに触れられる機会ってなかなかないね、それも無償の愛。
返信削除一緒に飲んでたものとしては、良い経験なのか悪い経験なのか判断しかねるけど、、、
俺がペース配分考えるべきだったね。
(愛という言葉はビビっちゃいますけど)もしあるとすれば、彼のようにささやかで、気取らないものだと思います。
返信削除一生、忘れ得ない貴重な経験でした。
それはには及ばないよ(笑)お酒のことを人のせいになんてしないよ!
きの
イイネ!
返信削除イイネ
返信削除はじめまして!コメントありがとうございます!
削除ブログって読んでもらってる感じがしないので、すごく嬉しいです!
きの