システムエラーとハッキング(前) 今回の文章は少し長くなってしまったので、前後でわけて書こうと思う。

パンドラの匣 ―3(前)― パンドラの匣 ―3(前)―

パンドラの匣 ―3(前)―

パンドラの匣 ―3(前)―


システムエラーとハッキング(前)

今回の文章は少し長くなってしまったので、前後でわけて書こうと思う。


入院中のはずなのに、わりと外出している。そう君に言ったら「ほんとうに入院しているの?」と言われたね。ほんとうに入院しているさ。入院の焦点は生活改善なので、日常を織り交ぜつつ行動療法と薬物療法によって症状を改善しようというわけなんだ。

それでこのまえ「ハッカソン」というのに出てきた。

ハッカソンというのは知っている?

ハッキングとマラソンをかけた造語なんだけど、簡単に言えばプログラマやエンジニアとデザイン系の人たちがグループを作って、そこで出されたお題に対してソリューションや、作品を提出するものだ。

友人に連れられて登録したんだけど、当日になっても来ないじゃないか。ほんとに心臓に悪かったよ。LINEをしても電話もしても出ないんだからね。

それでもイベントはどんどん進んでしまう。最初は体調も悪かったから帰ってしまおうかとも思ったけど、参加料を払ってたのが惜しかったのでできるだけやってみようと腹をくくった。(結論から言えば、友人に感謝しているよ)

まずイベントの概要が示され、次に短いアイデアソンがなされた。ブレインストーミングと言ったほうがわかりやすいかな。ドキドキする瞬間なんかについてアイデアを展開した。

全然知らないデザイナーやシステムエンジニアさんとアイデアを見せ合った。昔はあんなに人見知りだったのに、ほんとうに僕は変わってしまった。最終的にアイデアをブラッシュアップして、画用紙一枚に書いて投票することになった。

点数がいい人のところを中心にグループを作ったのだけど、僕はどの人のアイデアもいいものには見えなかったから、同じようにどの人のところにも行けない人たちをまとめて一つのグループを作ったよ。気分は交渉人だ。

キーワードは「新しい共感」。今考えると、現代美術のテーマみたいだね。

結果、イノセントワールドのスカートを履いたUI・UXデザイナーと、イケメンのエンジニア系の総合職、あと「おとうさん」とあだ名される年配のエンジニア、それにweb系の人と、慶應のSFCをでた電子工作の得意なゴスファッションの男性、それに僕の友人を加えて7人の大所帯になった。

他のチームはハッカソン前からアイデアを準備していた人たちだったから、すぐに制作に取り掛かれたのだけど、僕らのチームはほんとにその場でつくったもんだからまずアイデアのブラッシュアップというか、チームのコンセプトから作りなおさなければいけない。

そうこうしているうちに、やっと友人と連絡がついて遅れてくるという。ほんとうに安心したよ。彼はハードウェアからプログラミングに渡って明るかったし、頭も切れるのだ。

この文章もときどき見てくれているようだから、あまり詳しく書くと恥ずかしいけど、少なくとも会話がまっとうに成立していると感じられる人間の一人なんだ。

少し話はそれるけど、君も含めて人生において話が成立していると感じる人間は貴重だと思うよ。

彼はどちらかと言えば理系で、僕はどちらかと言えば文系なので、知識の“帯域”のようなものはそこまで重ならないけれど、理解できると感じる。つまり、知識の重複ではなくお互いに知らないことについて相手に説明しつつ、事態を共有できているのだろうね。

同じ趣味や分野の人でも話が合わないということが多いのは、「理解」とは既存データの共有や意味一致の確認ではないからだと思う。そうではなく、理解とはお互いがお互いの言葉の使用規則と、それに伴う情動を想像することじゃないかな。

あまり知らないプログラミングについて書くと、笑われてしまうかもしれないけれど、プログラムを書くとき一番最初に宣言するのはその言語が何であるからしい。それと同じで、人と人が話し合うときも同じ場所から始める必要があると思う。

つまり、僕らはお互いに日本語を話しているという前提から入るけれど、ほんとうは個人によって単語の定義は異なっているから、その宣言をしなければいけないのだ。とはいえ、それは日常において不可能にちかい。いちいち、「僕は、っていうか、僕という言葉の定義は…」なんてやってられないもんね。

そうすると、似たような単語定義をもつ人々が理解に達することになる。

とはいえ僕と彼の場合、そういう定義は異なっていると感じるよ。背景の文脈がだいぶ違うからね。ではなぜ理解できていると感じるのかといえば、二人とも「人は根本的に理解し合えない」と思っているフシがあるからだと思う。

そういう前提をもっていると、お互いの言葉の意味について、つねに保留しながら会話するので齟齬を埋めることができる。

この意味で、今回のハッカソンは異言語の統合から始めなければいけなかった。つまり、誰が何を欲望していて、どのようなものに興味を持っているかということだ。

本来なら、それを統合したうえで具体的なアイデアのすり合わせがしたいところだけど、初顔合わせでは仕方ない。一致にいたるまでの道のりは大難航だった。最終的にアイデアとして決まったのは、一日目の終盤だったように思う。

僕はスキルセット――このスキルセットという言葉はハッカソンで初めてきいた言葉だったけど、その人ができることらしい――は無いも同然だったので、ほんとうに困った。他の人は例えばHTMLとか、みんななんだかよくわからないアルファベットの連なりが書いてあった。あれは概ね、プログラミング言語なのだろう。

なのでとりあえず、僕は買い出し要員かつ、ガワを作ることになった。

ハッカソンの一日目がぶじに?、終了しみんなでマックでご飯を食べた頃にはお互いのことをある程度、理解するようになっていた。さしあたりゴスロリおじさんが全体の意志を統合していたけれど、僕ならもっとうまくやれるような気がしたよ。浅はかな思い上がりなのかもしれないけれど。

でもまるで提出前の学生の集まりのように、一つの目標に向かってグループが動いていると感じたよ。もちろんその目標自体に対して僕はあまり納得できなかったけれど、そういう連帯感みたいなものは懐かしかった。

無意味な仲間感のようなものは大嫌いだけれど、同じ目標を共有している同志というのは悪くない。どうして学校では「みんなで仲良く」なんて標語を教えるんだろうね。必要なのは、相互理解が可能な同志を見つけることなのにと思うよ。

とりあえずみんなと別れ、僕と友人は風俗店の前でタバコを吹かしてから分かれた。

それから二週間ぶりくらいに家にたどり着いて、ひとっ風呂浴びてからガワを作って3時くらいに寝たと思う。その間も会社なんかでつかう意思疎通アプリを使って情報をやりとりしていた。プログラマの人たちは僕にはとてもじゃないけど理解できない話をしていたよ。

彼らはほんとうにかっこがいいね。なんだかよく分からない文字を打ち込んでいたかと思うと、シングルボードコンピュータに指示をだしてLEDをチカチカされる。このLEDのチカチカを、「Lチカ」と呼ぶらしい。プログラミングにおける「Hello World!」と同じことらしい。

けれど次の日はもっと凄まじかった。みんな家でプログラムをほとんど完成させてもってきて、お互いの分野をすり合わせて、オムロンの低周波治療器を外部からコントロールしたり、クラウドを使ってLEDを点滅させたり、心拍をとったり、まさにハックの現場に立ち会っている気分。

はじめはよくわからないアルファベットの羅列をPC上で流すと、LEDが点滅するだけなのだけれど、それを横で見ていて感動したよ。文学は言語で世界を書き換えるけれど、プログラムも全く同じなんだ。

その手法や外見こそ違うけれど、プログラミングとは根本的には文学的なものだと思うよ。

デザイナーはKeynoteを使ってプレゼン資料を作り、プログラマはシステムを安定して運用できるように時間ギリギリまで調節していた。僕はなにもすることがなくて、ただ簡単なハンダ付けをしていた。

そして土壇場で完成した試作品をもって、緊張のプレゼン。ここでも僕の出番はなかった。みんな僕より優秀な人達が集まっていたからね。それから審査があって、その間は歓談ということになった。

みんなの緊張も少し和らいで、なんとなくおしゃべりをしていたら、総合職のプログラマの人が僕に「君はグループのマネジメントが上手だね」と言ってくれたんだ。もちろんお世辞なのかもしれないけれど、すごく嬉しかったよ。このところの僕のテーマは他者理解とコミュニケーションだから。

その人にも「君は起業したらいい」と言われた。その人にもというのは、共に参加した友人も僕にやたらと起業を勧めてくるんだ。理由は僕が社会に居場所がないからで、自分で居場所をつくるには起業するしかないという理屈らしい。君にも意見を聞きたいよ。

そうこうしているうちに、結果発表があった。そしてなんと僕らのグループは優勝してしまったんだ!納得の作品とは言えなかったけれど、みんなで作ったものが評価されたのは嬉しかった。加えて言えば、初めから決め打ちできたグループの残念感を横目でみてニヤリとしてしまった。

いささか嫌らしいけれど、自信で脂ぎった満面の人間をやっつけるのは嬉しいよね。

けれど、僕と友人はどこか釈然としていなかった。というのは、作品にそこまで思い入れができていなかったし、受賞前に「この作品が優勝したら、それは審査員がバカに違いない」なんて悪口を言っていたのだ。

そして優勝の暁に、デザインアワードの決勝戦へのシード権を獲得してしまった。なのでこの日から数えて一週間かけて有線を無線にしたり、デザインを変更したり、コンセプトをもっと尖らせないといけなくなってしまった。これには僕も困ってしまった。

なにせ入院中なのだからね。そしてみんなは今頃、最終調整をしていると思う。

みなさんお忙しい中こんな文章書いていて、ごめんなさい!
  1. なんか村上春樹訳のサリンジャー読んでるみたいな気分になる文章だw

    「僕ならもっとうまくやれる」←これは僕も同意する!

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  2. コメントありがとう!
    春樹さんと比べてもらえるのは嬉しいなぁ。すこし意識してるから。
    そして、マネジメントに関してもうれしい!
    ありがと!これからもよろしく!!

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  3. 文章中の時間の流れが村上春樹っぽいのかも

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  4. おお。。お恥ずかしいです…
    でも、時間とか風景とかの描写ほんと苦手なんだよね…解像度が上がらない…

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